第三 大いなる章 〈4.スンダリカ・バーラドヴァージャ〉 485 かれに対して眉をひそめて見下すことをやめ、合掌してかれを礼拝せよ。飲食物をささげて、かれを供養せよ。このような施しは、成就して果報をもたらす。」 〈中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より〉

律は中国やチベットにそれぞれ伝わっているものとは異なる独自のもので、通称『パーリ律』と呼ばれる。. 経は漢訳大蔵経で言えば、概ね「阿含部」「本縁部」に相当するもので、当然のことながら大乗仏教経典は含まれていない。

原始仏典――その伝承と実践の現在―― (サンガジャパンVol.25) 今月出たばかりのサンガジャパン。さっそくページを開いた先は、「スッタニパータ(経集)第五『彼岸道品』一、アジタ仙人の問い〔前編〕アルボムッレ・スマナサーラ」です。 この連載のもととなった経典解説講座を受けました

雑阿含経 一切事経(在家修行者に関するお経) 日本仏教史における阿含経について 釈迦仏の言行録としての阿含部経典と律部経典 仏教学者アンドレ・バロー博士 父母を養う人についてのお経 仏典の説く怒り、激怒、慢心うぬぼれについて

大乗仏教には致命的な欠落があります。それは、パーリ語経典(漢訳:阿含経)を「小乗(小さな乗り物)」と蔑んだことにより、根本の煩悩[有身結]という見惑(迷い)が除けなくなったことです。その結果、肉体を使った様々な修行を始めてしまいます。

さらに、空と縁起思想との関係を示唆する資料もある『相応部20-7、雑阿含経(1258経)』。部派仏教における「空」の用例も初期仏教とほぼ同じで、「空」が仏教の中心思想にまでは達していない。 般若経

これらのお経を総合的に集めたものは「大蔵経」「一切経」と呼ばれるお経全集です。現在、日本で使われている大蔵経「大正新脩大蔵経」は、漢訳されたもので、全100巻もあります。その中には3053部のお経が収められています。

我々がよく親しんでいる『スッタニパータ(ブッダのことば)』や『ダンマパダ(法句経)』にしても、それがパーリ仏典全体の中でどう位置づけられているかについては、ご存じでない人も多いのではないか。以下、簡単にまとめてみよう。

*チュンダは、阿含経でシャプリプトラの侍者として登場するチュンダがいます。しかし、このチュンダは、いろいろな条件を考慮しますと、お釈迦様に食事を提供したチュンダとは同一人物ではないよう

大蔵経テキストデータベース委員会は、『大正新脩大蔵経』出版元の大蔵出版株式会社からの全 面的な信任を得て、本データの作成と公開を行っています。 sat大正新脩大藏經テキストデータベース2012版(sat 2012)について

例えば、「ダンマパダ」は漢訳では「法句経」に相当するが、偈の配列も違い、内容も全く同一ではない。つまり、漢訳阿含経は南方上座部に伝えられたパーリ経蔵の翻訳ではなく、説一切有部など複数の部派に伝わった経を翻訳したものである。

にもかかわらず植木氏のような現代人でさえ注釈なしに使うのはいかがなものでしょう。さらに重要なことは、釈迦が「最後にお説きになったのが法華経だ」という考えには根本的誤りがあることです。法華経は釈迦が直接説いた教えではないのです。この

一部の大乗経典では字(あざな)が阿逸多 Ajita とされているが、スッタニパータ第五章や、『中阿含経』中の説本経などの初期経典の記述では、弥勒と阿逸多は別人であり、弥勒は仏陀となるという記別を受け、また阿逸多は仏陀ではなく転輪聖王となると

『長阿含経』(『大正大蔵経』第1巻 1頁) 05月: 手段が完成して目的が混乱していること、これが私の意見では現代の特徴です。 アインシュタイン(『晩年に想う』 講談社文庫 137頁) 04月: きみ自身のことなど考えるな。遠くを見よ。

近代仏教学の成果を踏まえつつ、大乗経典の五部(般若・宝積・大集・華厳・涅槃)を筆頭に持ってくる伝統的な中国大蔵経の構成を廃し、『阿含経』を筆頭に年代順・地域順に並べる合理的な構成となっている。通し番号は1から2920まで。

これまで述べてきた原始サンガにおける根本分裂と上座部,大衆部の起源に関する歴史解釈が妥当か否かについては,誰もが直接的に確認できる明白な証拠が残されていると私は考えています。それは,スッタニパータと相応部経典にみられる大きな相違です。

晩期経典11の『天宮事経』12は生天話のみを集めたものであるが、その八十五経はすべて在家者の生天を説いている13。 一方、2期経典の雑阿含・偈頌・比丘相応品と比丘尼相応品には生天話は一経もない。

さらに、空と縁起思想との関係を示唆する資料もある『相応部20-7、雑阿含経(1258経)』。部派仏教における「空」の用例も初期仏教とほぼ同じで、「空」が仏教の中心思想にまでは達していない。 般若経

中村元 スッタニパータ 第八節 慈しみの言葉 もう随分前、1990年代と思いますが、ETVの「こころの時代」をよく見ていました。 それが、ユーチューブに最近、UPされていて、聞くととても心が和むので、少しづつ文字起こししてUPしていきたいと思います。

つまり釈迦の在世時代からその弟子たちまでの時代の教理、教団の活動をいう。仏教経典は仏滅後に書き留められたものであるが、阿含(あごん)経と総称されるそれらの経典には釈迦、また弟子たちの言葉と思われる、古い原型的なものがある。

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『太子刷護経』第1巻 3. 三十二相は欲界・色界において表われる身体である。 『大智度論』第4巻 4. 仏陀・転輪聖王になる人が生まれ持つ。 (1) 三十二相を生まれ持つ。 スッタニパータ第3章、『梵摩渝経』、『中阿含経』第11巻、『大智度論』第4巻、『長阿

ちなみに『梵文阿弥陀経』において「一切諸仏所護念経」の「護念」に対応する梵語はⓈparigrahaに当たり、手厚く受け容れるなどの意があるとされる。なお阿含経などでは「念を護る」、すなわち心を整えるの意で用いられる。

さらには、空と縁起思想との関係を示唆する資料もある(相応部経典、雑阿含経)。部派仏教における空の用例も初期仏教とほぼ同じで、上記の段階では、空が仏教の中心思想にまでは達していない。 大乗仏教 般若経

阿含経を読みますと、「空」は釈尊は説いていない、といいうこともわかりますし、般若心経の「無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽」とか「無苦集滅道」は釈尊の教えの中心である、十二因縁と四諦の否定となっていることがよく

スッタニパータはじめ、ダンマ・パダとか阿含経とか、これら原始経典群は直説あるいは直説に最も近いとされています。 仏教経典自体が入滅後100年くらいに作られたものと考えられます。それまでは口伝えの伝承だったのでしょう。

法句経 :ウィキペディア 法句經 荻原雲來訳註 法句経.net スッタニパータ :ウィキペディア 【ブッダのことば】スッタニパータ<中村 元訳> :宝彩有菜のスッタニパータ 中部経典 中部経典のパーリ語タイトルと南伝大蔵経での和文タイトルとの対応

スッタニパータ(経集) 『ブッダのことば―スッタニパータ』中村元訳 岩波文庫 『スッタニパータ [釈尊のことば] 全現代語訳』 荒牧典俊・本庄良文・榎本文雄、講談社学術文庫 2015年; テーラガーター(長老偈経)

(『真実の仏陀の教えを説く阿含経講義 上』2頁、2007年) 批判側は長年、阿含経には死者の成仏など説かれていないばかりか、 死者を成仏させることも、地獄に落すこともできないと釈尊が 伽弥尼経などで説いていることを述べて来た。

サンユッタ・ニカーヤ(相応部・小中編2,872経) → 雑阿含経1,362経. アングッタラ・ニカーヤ(増支部・小編約2,308経)→ 増一阿含経471経. クッダカ・ニカーヤ(小部15経) =ダンマパダ(法句経)・スッタニパータ(経集)その他13

阿含宗スレッド5でスッタニパータをアトランダムに入れています。 みなさま、ご協力お願いいたします。 11 :>8 :2000/08/28(月) 10:34 貴方が本当に阿含経を自分の目で読み、それで阿含宗の 解釈が正しいとおっしゃるなら、それでよろしいが、

国訳大蔵経(こくやくだいぞうきょう)とは、大乗仏教の漢訳大蔵経を日本語訳した大蔵経(一切経)の1つ。 漢訳仏典の中から、日本の各宗派と関連が深い主要な仏典を選んで編纂・日本語訳している。国民文庫刊行会によって経部は1917年~1918年に和綴本12帙48冊で刊行され版を重ねた後

この記事は クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0 のもとで公表された法相宗 – Wikipediaを素材として二次利用しています。 仏教 基本教義 縁起 四諦 八正道三法印 四法印諸行無常 諸法無我涅槃寂静 一切皆苦中道 波羅蜜 正覚 人物 釈迦 十大弟子 龍樹 信仰対象 仏の一覧 分類 原始

お釈迦さまに帰ろう、Back to the Buddha、法話の出前、鈴木一生。

仏陀(釈迦)研究の参考文献 ブッダのことば(スッタニパータ) 中村 元訳 岩波書店 ブッダの生涯 h・サダーティッサ著 桂紹隆 桂宥子訳 立風書房

昔から疑問なんですが、仏教ってお経が山のようにあって、わけのわからない漢字が無限に続いていて、何のためにあるのかわからない。 って言ったらものすごい失礼なのはわかってるんですが。

(スッタニパータsn.758) 此の世に於いて、見たり聞いたり考えたり識別した愉快美な事物に対する欲望や貪りを除き去ることが、不滅のニルバーナの境地である。 阿含経から体得した成仏リキだった。

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『楞伽経』70段における外教の涅槃観批判 -仏教的観点による多文化共生の智慧としての「棲み分け」- 堀内 俊郎 はじめに 『楞伽経』70段(虎関師錬の『心論』の分段による)は、外教徒による涅槃に対する見解(涅槃観)を列挙して 批判している。

本文、及び検索結果のテキストをドラッグして選択した際に、仏教伝道教会による英訳大蔵経の一部と大正蔵の該当テキストとの、文章単位での対訳コーパスを検索・表示します。英訳の用例を参照したい際などにご利用いただけますと幸いです。

法華経. スマナサーラ. 南伝仏教. 大般涅槃経. 清浄道論. パーリ語. 阿含経. パーリ仏典. ミリンダ王. マンガで読み解く「仏教」のはじまり. 新装版 ブッダ 全14巻

『慈経―ブッダの「慈しみ」は愛を越える』 日本テーラワーダ仏教協会 2003年 (慈経(Mettā-sutta): 小誦経第9章あるいはスッタニパータ第1章第8経) 『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』 佼成出

「法」は、戒・定・慧の修行と、悟り、すなわち、解脱(体験)と解脱知見(体験から自覚される智慧)とする解釈が早くからあったことになる。スッタニパータの「宝経」は、最も重要な、悟り、解脱涅槃を法といっている。

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